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有馬記念のデータ分析に抑えておきたい3つの転換期

有馬記念のデータ分析に抑えておきたい3つの転換期

今回は、競馬ソフトを作りに役立つマメ知識をご紹介します。

競馬ソフト作成にあたり、有馬記念の過去データを重点的に分析しようと考えている人もいますよね。

で、私もそのように考えている一人でして、先日「有馬記念の分析に役立ちそうだ」と、次の本を読みました。

有馬記念物語 世界最大のレースの魅力を追う

今回は、この本から私が「有馬記念の分析に役立つ」と感じた内容をご紹介します。

第1回〜第10回までは距離が違う

有馬記念のデータを分析するにあたり、どれくらい遡って行うかは、その人の考え次第です。が、とりあえず、第1回の中山グランプリの頃から分析する場合は注意が必要なことが1つあります。

それは、第1回(1956年)〜第10回(1965年)までは、このレースの距離が違うことです。現在、有馬記念というとその距離は、2500mですが、第1回〜第10回までは2600mと距離が100m長くなっています。

なので、例えばレースのタイムを比較する場合は、この距離の違いを検討する必要があります。

1981年のジャパンカップの創設が1つ目の転換期

次に、有馬記念の分析にあたり、ジャパンカップの創設の影響を考慮した方が良いです。

ジャパンカップの第1回は、1981年11月22日に開催されたのですが、このように秋の天皇賞と12月に開催される有馬記念の間に開催される日程となったわけです。

そのため、ジャパンカップの創設後の有馬記念、具体的には、1981年12月20日の第26回の有馬記念と、それ以前の有馬記念とでは、出場する馬の傾向が変わっていることを考慮する必要があります。

有馬記念は、「人気投票で出場する馬を選ぶ」、と世界的にも例のない特徴のあるレースですが、第26回以降は、人気投票で選ばれても、ジャパンカップの影響から、出場を見送ったり、ジャパンカップを見送って有馬記念に出場する馬が現れています。

つまり、この1981年は、有馬記念にとって1つの転換期となった年と言えます。

1984年のグレード制の導入が2つ目の転換期

そして、1984年のグレード制の導入が、有馬記念の2つ目の転換期と言えます。

今は、そのレースを、GIレース、GIIレースとグレードで分類するが当たり前となっていますが、これが導入されたのは、1984年からなんですね。

で、このグレード制の導入のおかげで、短距離のGIレースも出現することになりました。結果、マイラーやスプリンターのような短距離や中距離を得意とする馬が、有馬記念に出場しなくなる傾向が出てきました。

「無理に苦手な2500mに挑まなくても良いだろう」という考えの厩舎が現れ始めたということですね。

その一例として、この本では、98年のタイキシャトルの例を挙げています。この馬は、ファン投票では8位に入りながら、故障もないのに有馬記念を見送ったんですね。

というわけで、この1984年も、有馬記念に出場する馬に大きな変化があった転換期となります。

2000年からの外国調教馬への開放が3つ目の転換期

そして、3つ目の転換期と言えるのが、2000年です。この年から有馬記念では、「ジャパンカップに優勝した外国調教馬に、有馬記念の出走権を与える」という開放を行なっています。

それまで有馬記念に出場できる馬は、ファン投票の対象である中央競馬の在籍馬に限られていました。それが、この開放によって外国調教馬にもチャンスが生まれるようになったわけですね。

この開放に加えて。2000年には、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念を同一シーズンに勝った馬には、報奨金が交付されるようになりました。これによって有馬記念を見送る馬をつなぎとめたいからの施策です。

以上のように、有馬記念のデータは、日本の競馬の政策の変化の影響を大きく受ける結果となっています。なので、その分析の際には、その転換期を特に考慮する必要が出てきます。

ちなみに、この本には、有馬記念に勝つ馬の傾向として、1つ面白い分析結果が紹介されていました。具体的には、「有馬記念では、逃げ馬は勝てない」というものです。

これは過去のデータから示されていて、2002年までの47回を見ると、逃げ馬が勝ったレースは、3頭しかいないそうです。しかも、その3頭のうち、純然たる逃げ馬はメジロパーマーの1頭のみとのことでした。

「長距離の逃げ馬」という格言がある通り、一般的に、長距離のレースは、先行する逃げ馬が有利と言われています。が、有馬記念の場合は、例外ということですね。

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